はじめに
近年、食生活や運動不足などの生活習慣の変化にともない、高血圧・肥満・糖尿病などの生活習慣病患者数およびその予備軍が著しく増加しています。そのため大人・子供にかかわらず、脂質異常、耐糖能異常、高血圧などがもたらすメタボリックシンドロームへの進展の防止が急務となっています。 そこで、メタボリックシンドロームに関与する高血圧・肥満関連遺伝子多型を調べることでご自身の遺伝的背景を知り、早期に食生活習慣を見直す機会になれば、ご自身にあった生活習慣病予防や健康体維持の対策を考えることができます。
遺伝子多型とは
「親の体質が子に伝わること」を「遺伝」といい、「体質」には、顔かたち、体つきのほか、病気に罹りやすいことなどが含まれます。この体質を表す遺伝情報はすべての人が同じではなく、個人ごとに違っている部分があります。個人ごとの塩基配列の違いを「遺伝子多型(いでんしたけい)」と呼びます。多型にはいろいろな種類がありますが、1塩基の違いをSNP(スニップ:一塩基多型)といいます。
遺伝子多型と病気
遺伝子と病気の関係が、急速に明らかになりつつあります。従来から知られている1つの遺伝子の異常で起きる遺伝病だけでなく、生活習慣病といわれている"ありふれた病気"や生活習慣病の原因になりえる高血圧や肥満にも、遺伝的要因がかかわっていることが分かってきました。この高血圧や肥満の遺伝的要因には、遺伝子の"異常"ではなく"個人差程度の違い"であるSNPが関連していると考えられています。
高血圧・肥満遺伝子多型診断の意義とは
高血圧・肥満の予防に食事の塩分制限やカロリー制限があります。しかしながら、同じ塩分量を摂っても血圧が上がる人と上がらない人、また同じ物を同じ量食べても太る人とそうでない人がいることは事実であります。これは、塩分感受性遺伝子多型を持てば血圧上昇因子が亢進し高血圧になりやすくなります。また、肥満関連遺伝子多型を持てばそれを持たない人に比べて基礎代謝量が低下し、太りやすく痩せにくくなります。そのため、これらの遺伝子多型を診断することで個別の塩分感受性あるいは基礎代謝量を推測し、それぞれ個人にあった食生活を考えることができます。このことは、個人別の食事量や食事内容を調節することで個人差に基づいた高血圧・肥満対策が可能になるだけではなく将来のメタボリックシンドローム・生活習慣病への発展を予防することにもつながります。
検査の方法
本遺伝子検査は以下の手続の上で進められます
1.検査に関する担当医師からの説明と同意確認(予約制)
本遺伝子多型診断に関連したことがらを、その有利な点・不利な点を含めてできるだけわかりやすく説明します。検査に関して十分理解した上で、遺伝子多型診断を受けるか受けないかを決めていただきます。本遺伝子多型診断を受ける場合には、「遺伝子診断についての意思の確認書」に署名することになります。また、個人情報が明らかにされないという条件のもとで、本結果を専門学会や学術誌に研究発表することに関し同意をお願いする場合があります。
2.採血
遺伝子解析検査の同意が得られれば血液検体を採取し、本人が特定されうる情報を削り、代わりに新しく符号を付けます。
3.解析
採血した血液からDNAを抽出後、以下5種類の高血圧・肥満関連遺伝子多型を解析します。具体的には、PCR/RFLP法あるいはインベーダー法で以下の高血圧・肥満関連遺伝子の多型を調べます。これらの遺伝子多型は専門家による審査を得た医学雑誌に公表されており、日本人において高血圧・肥満との関連性が考えられているものです(参考文献参照)。
(1) β2アドレナリン受容体β2-AR (Arg16Gly)
(2) β3アドレナリン受容体β3-AR(Trp64Arg)
(3) 脱共役タンパク質1 UCP-1(A-3826G)
(4) アンジオテンシノーゲンAGT(Met235Thr)
(5) アンジオテンシン変換酵素 ACE(insertion/deletion (I/D))
これらの遺伝子多型解析は委託研究機関で調べます。但し検査精度から、すべての結果の判明を保証するわけではありません。
4.結果の説明
判明した高血圧・肥満関連遺伝子の多型の結果は担当医師から直接説明いたします。また、結果に基づく栄養指導をご希望の場合は、栄養士から栄養指導を受ける機会を設定いたします(後日予約制)。
資料(試料)と個人情報の扱い
被験者の臨床データと検体の識別と照合は委託研究機関が行い、情報は外部と独立し、セキュリティーの厳重な場所に保管し、情報の漏洩に対する安全対策を講じます。このようにプライバシーの保護には十分注意し、氏名、病名などの個人情報が外部に公表されることはありません。遺伝子解析結果は、原則として開示を希望されるご本人(未成年者の場合には代諾者)以外には通知致しません。
検査費用について
本検査は保険適用がありませんので、検査料は自費扱い(2万円+消費税)となります。また、検査料は諸般の事情により変更される場合があります。但し、当科で実施している臨床試験に参加を同意された場合は費用の負担はありません。
質問への対応の仕方・連絡先
この検査について何かお聞きになりたいことがありましたら、いつでもご遠慮なく下記の責任医師にお問い合わせください。
小児科 中村明夫
参考文献
*日本人の肥満に関連性があることを示す論文*
β2 -AR(Arg16Gly)
1. Masuo K, Katsuya T, Fu Y, et al. “b2- and b3-adrenergic receptor polymorphisms are related to the onset of weight gain and blood pressure elevation over 5 years,” Circulation, 111(25) :3429–3434, 2005
2. Masuo K, Katsuya T, Fu Y, et al., “b2-adrenoceptor polymorphisms relate to insulin resistance and sympathetic overactivity as early markers of metabolic disease in nonobese, normotensive individuals,” American Journal of Hypertension, 18( 7) :1009–1014, 2005.
β3 -AR(Trp64Arg)
1. Yoshida T, Sakane N, Umekawa T, et al. Mutation of b3-adrenergicreceptor gene and response to treatment of obesity. Lancet 346:1433-1434, 1995
2. Sakane N, Yoshida T, Umekawa T, et al. “b3-adrenergic-receptor polymorphism: a genetic marker for visceral fat obesity and the insulin resistance syndrome,” Diabetologia, 40(2): 200–204, 1997.
3. Kurokawa N, K. Nakai K, S. Kameo S, et al. Association of BMI with the b3-adrenergic receptor gene polymorphism in Japanese: meta-analysis. Obesity Research 9(12):741–745, 2001.
4. Kawaguchi H, Masuo K, Katsuya T, et al., “b2- and b3-adrenoceptor polymorphisms relate to subsequent weight gain and blood pressure elevation in obese normotensive individuals,” Hypertension Research 29(12):951–959, 2006.
UCP-1(A-3826G)
1. Kogure A, Yoshida T, Sakane N, et al. Synergic effect of polymorphisms in uncoupling protein 1 and b3-adrenergic receptor genes on weight loss in obese Japanese. Diabetologia 41:1399-, 1998
2. Hayakawa T, Nagai Y, Taniguchi M, et al. Phenotypic characterization of the b3-adrenergic receptor mutation and the uncoupling protein 1 polymorphism in Japanese men. Metabolism 48(5): 636-640, 1999
AGT (Met235Thr)
1. Takakura Y, Yoshida T, Yoshioka K, et al. ,Angiotensinogen gene polymorphism (Met235Thr) influences visceral obesity and insulin resistance in obese Japanese women. Metabolism Clinical and Experimental 55:819– 824, 2006
*日本人の高血圧・心血管疾患に関連性があることを示す論文*
AGT (Met235Thr)
1. Kamitani A, Rakugi H, Higaki J, et al: Association analysis of a polymorphism of the angiotensinogen gene with essential hypertension in Japanese. J Hum Hypertens 1994; 8: 521–524.
2. Ishikawa K, Baba S, Katsuya T, et al: T+31C polymorphism of angiotensinogen gene and essential hypertension. Hypertension 37: 281–285.2001
3. Katsuya T, Koike G, Yee TW, et al: Association of angiotensinogen gene T235 variant with increased risk of coronary heart disease. Lancet 345: 1600–1603.1995.
ACE(insertion/deletion (I/D) polymorphism)
1. Higaki J, Baba S, Katsuya T, et al. : The deletion allele of angiotensin converting eniyme gene increases the risk of essential hypertension in Japanese males : The Suita Study. Circulation 101 : 2060-2065, 2000
β2 -AR(Arg16Gly),β3 -AR(Trp64Arg)
1. Kato N., Sugiyama T., Morita H. et al., Association analysis of b2-adrenergic receptor polymorphisms with hypertension in Japanese. Hypertension 37(2) :286–292, 2001.
2. Kawaguchi H., Masuo K., Katsuya T. et al., “b2- and b3-adrenoceptor polymorphisms relate to subsequent weight gain and blood pressure elevation in obese normotensive individuals,” Hypertension Research 29(12) :951–959, 2006.
3. Masuo K., Katsuya T., Fu Y., Rakugi R., Ogihara T. et al., b2- and b3-adrenergic receptor polymorphisms are related to the onset of weight gain and blood pressure elevation over 5 years. Circulation. 111(25) :3429–3434, 2005.
*遺伝子多型が日本人の腎臓疾患に関連性があることを示す論文*
1. Maruyama K, Yoshida M., Nishio H., Shirakawa T., Kawamura T., Tanaka R., Nakamura H., Iijima K., Yoshikawa N. Polymorphisms of renin-angiotensin system genes in childhood IgA nephropathy Pediatr Nephrol 16:350–355, 2001
2. K., T.Katsuya T., Sugimoto K., Kawaguchi H., Rakugi H., Ogihara T., TuckMichael L. High Plasma Norepinephrine Levels Associated with β2-Adrenoceptor Polymorphisms Predict Future Renal Damage in Nonobese Normotensive Individuals. Hypertension Research. 30(6) 503-511, 2007
*遺伝子多型に基づく個別の食事療法が肥満対策になることを示した論文*
Imai S., Togawa C., Yamamura T., Oyabu K., etal. Effect of tailar made diet on weight losss in obese Japanese patients of type 2 diabetes mellitus with single nucleotide polymorohisms in β3 adrenergic receptor, uncouplimg protein 1 or β2 adrenergic receptor genes. J Rehabili Health Sci 6:31-35, 2008.